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今はただ眠れ

雪降る季節の伝説。
雪女を題材にした切ない物語。

再び目を覚ました俺。
そこにいた一人の女性。
それは男の中で見た男の女房であった。





 俺は目を覚ました。
 どうやら意識がなくなっていたようだ。
 何か不思議な夢を見ていたようだが、よく思い出せなかった。
 まるで誰かの中に入っていたような・・・。
 少し記憶をたどるが、やはり思い出せなかった。
 それよりも、周りの状況が変わってるのが気になった。
 ここは洞窟だろうか。
 岩に囲まれた空間は、吹雪の音も聞こえず静かであった。
 そして横たわってるところ。
 それは女性の膝枕であった。
 俺を覗き込むその顔は、人間離れを感じさせる美しさがあった。
 それは雪女を思わせる。
 この女性が俺をここに運んでくれたのだろうか。
 俺は再び眠気が襲ってくるのを感じた。
 途切れかける意識。
 その時その女性の声がした。
「あんた・・・」
 美しい声であった。
 そして悲しい響きがあった。
「会いたかった」
 それに答える声がした。
 俺の声である。
 しかし俺の言葉ではなかった。
 俺の意志とは関係なく動いた口。
 しかしその言葉に抵抗を感じなかった。
 その時すべてを悟ったのだ。
 思い出す夢。
 男の中で過ごした日々。
 そして今言葉を発したのは、俺の中にいるその男。
 目の前の女性はこの男の女房だ。
「恨んでいるのだろうな」
 男は俺の口で、再び言葉を発した。
「ええ・・・」
 美しい女性は短く答える。
 その声は憎しみがこもっているのか、それとも悲しみがこもっているのか判らない。
「当然だ。お前を捨てたのだからな」
 続ける男。
「ええ」
 答える女性。
「何年も過ごしたお前に恐怖したんだから」
「ええ」
 それから起きる沈黙。
 長く感じる時間。
 見つめ合う二人。
 二人の気持ちが俺には判った。
 恐怖に駆られて逃げ出した男。
 そして再び家に帰ったときには、もう女房の姿はなかった。
 一瞬の恐怖は、永遠の後悔へと繋がる。
 しかし女房を探しに行く勇気もなかった。
 自分の犯した行為は、男に重い枷となってつきまとったのだ。
 男に捨てられた女。
 子供が出来ると元々別れるはずであった。
 しかし、男の愛情も信じていた。
 女に生まれた感情は恨みなのか、悲しみなのか。
 人の一生が一瞬でしかない女にとって、男が死んでからもずっと、癒されない想いを背負っていたのだろうか。
 そしてこの男も、死んでからも後悔が続いていたのか。
 再び声を発したのは男からであった。
「お前に言いたいことがあった」
 女を真剣に見つめる。
「すまなかった・・・そして、今でもお前を愛している」
 女の目からほろほろと、涙がこぼれていた。
 それはまるで雪の結晶のようにきらめいていた。
「私を捨てた憎い人。恨んでも恨みきれない」
 女は泣きながら呟く。
「なのに・・・あんたを愛する気持ちは消せない」
 女は俺を抱き寄せるように身体を寄せてきた。
 寄せる唇。
 冷たいその肌は、しかしとても心地よかった。
 そして離れる二人。
 女は優しさを込めた瞳で、俺を見つめながら口を開いた。
「このままではあんたはもうすぐ死にます」
 痛みも感じなくなっていたが、傷と寒さでそれも仕方がない。
 女の言葉に俺はそれほどの驚きも感じなかった。
 女は言葉を続けた。
「でも死なせやしない」
 女は再び俺を抱き寄せる。
「もう二度と、あんたと離れません」
 俺はその言葉を最後に、意識が途絶えたのだった。

続く
by junnohp | 2006-01-07 00:27 | Nobel
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